仙台高等裁判所秋田支部 昭和36年(ネ)123号 判決 1962年2月19日
主文
原判決中第一審被告岸部親雄敗訴の部分を取消す。
第一審原告の第一審被告岸部親雄に対する請求を棄却する。
第一審原告の本件控訴を棄却する。
訴訟費用中第一審原告と第一審被告岸部親雄間においては第一、二審とも全部第一審原告の負担とし、第一審原告の控訴により生じた費用は第一審原告の負担とする。
事実
第一審原告訴訟代理人は昭和三六年(ネ)第一五二号事件につき「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す、第一審被告国は第一審原告に対し金九四一、六三〇円及び之に対する昭和三〇年一二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告国の負担とする」との判決を求め、同年(ネ)第一二三号事件につき控訴棄却の判決を求め、
第一審被告岸部親雄訴訟代理人は昭和三六年(ネ)第一二三号事件につき「原判決中第一審被告岸部親雄敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする」との判決を求め、
第一審被告国は昭和三六年(ネ)第一五二号事件につき控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上並びに法律上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は、第一審被告岸部親雄訴訟代理人において別紙のとおり陳述し第一審原告訴訟代理人は右第一審被告岸部の主張を争うと陳述した外は原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。
理由
第一、第一審原告の第一審被告岸部に対する請求について。(第一審被告岸部控訴の分)
第一審原告が原判示約束手形一通(原判示第一の手形、以下本件約束手形という)を第一審被告岸部から支払拒絶証書の作成を免除の上裏書譲渡をうけその所持人となり、満期にその支払が拒絶されたこと、右約束手形が訴外武田茂に関する詐欺等の刑事事件の証拠物として第一審原告より秋田警察署司法警察員に任意提出された後、秋田地方検察庁領置物取扱主任において保管中火災のため焼失したこと、第一審原告がその後秋田簡易裁判所において右約束手形につき除権判決を得たことについての判断は原判決記載理由のとおりであるからここに之を引用する。
第一審被告岸部は、「第一審原告の第一審岸部に対する本件約束手形による遡及権は満期である昭和三〇年九月二七日から一年を経過した同三一年九月二七日の終了を以つて時効により消滅したもので、第一審原告の主張する請求は貸金の請求であつて約束手形の呈示もないから時効中断の効力はない」と主張し、第一審原告は、「第一審原告は第一審被告岸部に対し昭和三一年一月九日発送、同日到達の内容証明郵便、同年四月一二日発送、同日到達内容証明郵便で夫々手形金の請求をしたので時効を中断した」と主張するのでこの点につき判断すると、本件約束手形の満期が昭和三〇年九月二七日であり、且無費用償還文句のあつたことは前認定のとおりであるから、右約束手形の所持人である第一審原告の、裏書人である第一審被告岸部に対する手形上の請求権(遡及権)は、満期の日から一年を経過した同三一年九月二七日の経過を以つて時効により消滅したといわねばならない。(手形法第七〇条第二項、第七七条第一項第八号)第一審原告は、請求により右時効を中断した旨主張するのであるが、手形の呈示を伴わない催告(請求)には手形債権の時効を中断する効力はないと解すべきところ、第一審原告において請求に際し手形の呈示をしたかどうかにつき何ら主張立証がないから、その主張にかかる各内容証明郵便(甲第三号証、同第四号証の各一)による請求が本件約束手形金の債務の履行を求める趣旨のものであるか否かにつき判断するまでもなく第一審原告の右主張は失当といわねばならない。
次に第一審原告は、「右時効は昭和三一年八月二日本訴の提起により中断した」と主張し、第一審被告岸部は「(イ)第一審原告の本件提起は第一審被告岸部に対し手形金自体を請求したものでなく、手形貸付金の連帯保証債務の履行を求めたもので、右訴訟の進行中、本件約束手形債権の時効完成後、約束手形金請求に訴を変更しているから時効中断の効力はない。(ロ)仮にそうでないとしても、手形の所持なく提起した手形金請求の訴であるから時効を中断しない。(ハ)時効完成後除権判決を得てもその効力は遡及しないから、時効を中断するに由ない」と主張するので、この点につき判断を加えると、
(イ) 記録に編綴の原審裁判所昭和三一年八月二日受附にかかる第一審原告の第一審被告岸部に対する本件訴状(記録三六丁)によれば「約束手形金等請求訴状」と表示されているが、請求の趣旨並びに原因を検討すると、要するに、第一審原告は訴外武田茂に対し第一審被告岸部を連帯保証人として本件約束手形外一通(原判示第二の手形で第一審被告岸部の裏書のないもの)と引換に合計金一〇五万円を利息日歩金二二銭の割合で貸付けたが、残元金九四一、六三〇円の支払を第一審被告岸部に求めたところ約束手形と引換でなければ支払わないというので右残元金及び之に対する年二割に相当する損害金の支払を求めるため本訴に及んだというのであつて、右記載自体からみると少くとも本件約束手形については手形金自体の請求であるか、手形貸付金の請求であるか必ずしも明確であるとはいい難いが右訴状によれば本件約束手形の手形要件を明記して之を特定していることが認められるから、右記載内容から直に本件訴訟の提起が約束手形金の請求でないと断定することはできない。したがつて記録に編綴の昭和三五年一二月五日付準備書面(記録九一丁)及び原審第一五回準備手続調書(同二一丁)によれば、第一審原告はその後第一審被告岸部に対する請求を、本件約束手形金の残元金四四一、六三〇円及び之に対する昭和三〇年一〇月二四日以降完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める限度に減縮した上、原審第一五回準備期日において第一審被告岸部に対する請求は裏書人に対する手形金請求である旨陳述していることが認められるが、右は第一審被告岸部主張のごとく訴の変更と認むべきでなく、請求原因を明確ならしめるための訴訟行為と目すべきであるから、この点についての第一審被告岸部の主張は失当といわねばならない。
(ロ) そこで本件訴訟の提起により前記時効を中断した旨の第一審原告の主張の当否につき判断すると、第一審原告が昭和三〇年一二月九日本件約束手形を刑事事件の証拠物として秋田警察署司法警察員に任意提出し、その後右手形が秋田地方検察庁に送付され、同庁領置物取扱主任において保管中、同年同月二五日火災のため焼失したことは前認定のとおりであるから、第一審原告は本訴提起当時右約束手形の所持を失つていたこと、除権判決を得たのは同三二年一一月三〇日であるから、当時所持人たる資格も回復していなかつたことが明らかである。ところで手形はいわゆる有価証券であつて、その権利を行使するについては手形の所持(占有)を伴うことを要し、手形の所持を喪失した者は、除権判決をうけない限り手形上の権利を行使することができないから、かかる者の訴訟提起は(時効期間満了までに除権判決をうけない限り)手形上の権利の時効を中断するに由ないといわねばならない。
(ハ) この点につき原審は「訴訟の提起が時効期間満了前であり、口頭弁論終結時において除権判決をうけ又は手形の所持を回復していれば訴提起のときにさかのぼつて時効中断の効力があると認めるべきである」とし、その理由として「もし手形の所持を失つた者が、訴を提起した後時効完成前に公示催告の申立をした場合を想定するならば、時効が中断するか否かは裁判所が何時除権判決をするかということにより左右されることになり、時効中断という制度の趣旨からみて不当である」というのであるが、原判決においても引用している商法第五一八条によれば、有価証券を喪失した場合の権利行使の特則として、有価証券の所持人がその証券を喪失した場合、公示催告の申立をしたときは、債務者をしてその債務の目的物を供託せしめ又は相当の担保を供してその証券の趣旨に従い、履行を為さしめることができるのであつて、履行を為さしめるとは訴の提起の方法による場合も含まれると解され、かかる場合(相当の担保を供託した場合)の訴の提起には時効中断の効力を認める余地があるから所論のごとき不当はない。又原判決は除権判決の効力の遡及を認める根拠として民事訴訟法第二三五条の規定を引用しており、その論旨は必ずしも明瞭ではないのであるが、同法条が「時効は訴提起の時に中断する」と規定し、「時効は訴状送達の時に中断する」と規定しなかつたのは、起訴に基づく時効中断(及び期間遵守)の発生時期を、不確定且不統一な「訴状送達の時」をさけて一律に当該権利関係についての起訴の時(訴状の提出、又は口頭の起訴の場合は口頭陳述の時)と定めたにすぎずこれを以つて除権判決の効力が起訴の時にまで遡及する論拠とすることは首肯し難いといわねばならない。
以上の次第で時効の中断についての第一審原告の主張は採用できないから、第一審原告の第一審被告岸部に対する本訴請求は失当であるといわねばならない。
第二、第一審原告の第一審被告国に対する請求について、(第一審原告控訴の分)先ず第一審被告国の本案前の抗弁について判断すると、第一審原告の第一審被告国に対する請求は、要するに第一審原告は、第一審被告国の公権力の行使に当る公務員の重大な過失により約束手形二通(原判示第一、第二の手形)を焼失したことにより、本訴の争点である支払拒絶証書作成免除の事実を立証することが困難となり、裏書人に対する手形上の権利を事実上喪失したにひとしい状態であるから右約束手形二通の手形金合計金九四一、六三〇円及び之に対する手形焼失の翌日である昭和三〇年一二月二六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求めるというのであつて、右請求のうち手形金四四一、六三〇円の分(原判示第一の手形金の分)がいわゆる訴の主観的予備的併合であるかどうかが一応問題となるが、第一審原告の右請求が、手形の焼失により本訴提起当時第一審原告は手形の所持(占有)人たる資格を欠き、そのため起訴が時効中断の効力を生じなかつたため、右手形上の権利を時効により喪失したことに基づいて第一審被告国に対して損害の賠償を求めるのではなく(かかる場合には訴の主観的予備的併合となる)、手形の焼失により拒絶証書作成免除の事実の立証が困難になったことを理由に損害賠償の請求をしている本訴では之を以つて訴の主観的予備的併合ということはできないから、かかる訴が不適法であるか、どうかにつき判断を加えるまでもなく、第一審被告国の本案前の抗弁は理由がない。
そこで本案につき判断すると、第一審原告は手形の焼失により、支払拒絶証書作成免除の事実を立証することが困難となつたことを理由に之を以つて手形上の権利(裏書人に対する遡及権)を喪失したにひとしいとして、第一審被告国に対し、手形額面残金に相当する損害金の賠償を求めるのであるが、手形の焼失により支払拒絶証書作成免除の事実の立証が、手形を現に所持している場合に比し困難となつたこと間違いないにしても、かかる事実を以つて直に手形上の権利を喪失したにひとしいということはできず(右焼失手形の裏書欄に「拒絶証書作成免除」の文句が印刷されてあり、裏書譲渡に際し、右文言の下に裏書人が押印した事実は原審における第一審原告、第一審被告岸部各本人尋問の結果により認められること前認定のとおりである)、したがつて右事実(立証困難)に基づく損害額が焼失手形額面残金である旨の第一審原告の主張は到底採用できない。したがつて第一審原告の第一審被告国に対する請求も亦失当を免れないから之を棄却した原判決は相当である。
よつて原判決中第一審被告岸部敗訴の部分は不当であるからこれを取消し、第一審原告の第一審被告岸部に対する請求を棄却し、第一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙)
一、争点第一点
手形の呈示を伴わざる内容証明郵便による催告は時効中断の効力を生ずるか
(1) 原審は「手形の呈示を伴わない催告も時効を中断する」と判断しながらも本件では被控訴人が催告当時手形を所持しなかつたが故に此の点で被控訴人の催告は時効中断の効力を生じなかつたと判断した。
(2) 控訴人は「手形の呈示を伴わない催告は時効中断の効力を生じない」と主張した
此の争点は去る七月二十一日最高裁第一小法廷に於て言渡された「昭和三四年(オ)第四七一号約束手形金請求事件」の判決により「時効を中断せず」と判断せられたことにより原審の判断理由は当を欠くこと明白となつた(のみならず理由はとも角控訴人と同一の結論になつてる故)之れ以上蛇足を加えない。
二、争点第二点(本件控訴の主要争点)
手形を火災に因り焼失したため手形を所持せざる被控訴人が焼失手形の裏書人である控訴人に対し焼失手形の満期日たる昭和三十年九月二十七日から一ケ年以内である昭和三十一年八月一日本件の訴を提起し「控訴人は手形貸付金の保証人であるが故に貸金として請求する」と主張し満一年の裏書人の時効完成後である昭和三十二年に至り公示催告(除権判決)の申立をなし昭和三十二年十一月三十日除権判決を得て約束手形金請求に訴を変更し、控訴人に手形裏書人としての請求に改めて訴を維持した本件訴の提起は時効を中断するや否や
此の争点に関し
(1) 原審は「手形を喪失した被控訴人が手形の所持を要しない訴えである手形貸付金(貸金)として時効完成前提起した本件の訴訟に付、
(A) 訴訟進行中除権判決を得て訴を変更し純然たる手形金請求となした以上請求の基礎が問題の焼失手形であるから右訴の提起を以て手形金請求の提訴時と判断した上、
(B) 手形の所持を伴わない訴の提起であつても時効完成前になされたものである限り、訴訟の進行中除権判決により手形の所持が回復すれば該除権判決の時期が時効完成前たると後たるを問わず
右訴の提起により時効を中断する」と判断した。
(2) 之に対し控訴人は、
(A) 焼失した手形の裏書人であつた控訴人に(手形金自体の請求ではなく)手形貸付金の連帯保証なりとして貸金請求としてなされた本件訴訟の提起は手形金自体の請求でないから裏書人の一ケ年の時効を中断しない
仮令訴訟進行中時効完成後除権判決を得たことにより(請求の基礎を変ずることなく)純然たる手形金自体の請求に改めてもその改めたときに初めて手形金の請求をなしたことにしかならないから時効中断の効力を生じない
(B) 仮りに原判示の如く請求の基礎に変更がないから後日手形訴訟に改めた以上は訴提起時に手形金自体の請求訴訟(手形訴訟)が提起されたものと認め得るとしても、
(a) 手形の所持なくして提起した手形金請求の訴は訴提起時に時効中断の効力を生じない。
(b) 時効完成後に手形の所持回復と同一の効力を生ずる除権判決を得たからとてその効力は遡及するものでないから時効中断の効力を生じない。
(C) 殊に本件では被控訴人は時効完成後一年後である、昭和三十二年に至りようやく除権判決を申立て従つて、時効完成後除権判決を得たもので右除権判決を申立てる時迄は、手形上の権利を諦め(相被告国に対し手形焼失の損害賠償を求めていたもので)明らかに権利の上に眠り控訴人に対する手形上の権利請求を行使しなかつたので完全に時効が完成していたのである。
後に国から除権判決の理論を準備書面で教示され俄かに二年後除権判決(公示催告)を申立てたのであるから仮りに除権判決の効力を遡及させるとしても右申立ての時期迄であるべく訴提起の時期迄に遡のぼらせるべきでない。従つて時効は完成している。
(3) 右控訴人の所論に付いては昭和二十七年四月三十日福岡高等裁判所に於いて昭和二十六年(ネ)第七一二号手形金請求事件につき同旨の判決をなし曰く「手形の亡失者が除権判決得ることなくして裁判上の請求をしても手形上の債権の請求としてはその効なく時効中断の効力を生じない」と論決しておる。
原判決は右高裁の判決に異説をたてるもので不当なること論がないと信ずる。
○控訴人の論旨の詳述
一、争点第一点に付いては前陳の通り最高裁の判決があり原審判決の理由が否定されたが最後の結論が控訴人と同旨であり「時効完成を中断せず」と論決しているので詳論を加えない。
二、ここで論ずるのは争点第二についてである。
(一) 被控訴人の提起した訴について、
(1) 本件の手形は訴外武田茂が恣に訴外人佐藤敬繁の振出名義を冒用し自分に宛てた偽造手形であつて当初武田は被控訴人に割引を求めた処「控訴人にも裏書きして貰え」と要求された結果、
(A) 武田は右手形は佐藤敬繁の振出した手形で心配ないから裏書きして呉れと被控訴人に依頼したので被控訴人は振出人佐藤敬繁の資力を信用し同人を保証する趣旨で、
(B) 武田から裏書譲渡を受けた上、更に裏書して武田に白地裏書として交付し武田から被控訴人に交付して割引を受けたものであつた。
(2) 処が武田の偽造が発覚し検察庁が被控訴人から証拠品として右手形を領置保管中検察庁の失火に因り該手形は焼失したのである。
(3) 然る処、被控訴人は手形は焼失すると完全に手形上の権利が喪失するものと思い込み手形上の権利の請求を諦め
(A) 国に対し手形上の権利が焼失によつて消滅したから之と同額の損害賠償を支払えと請求するとともに、
(B) 控訴人に対しては訴外武田茂に対する手形割引の形式による貸付金の連帯保証人なり
として訴えたものであることは本件の訴状に明白である。
(4) 処で相被告国が昭和三十一年十月二十三日付準備書面を以つて「手形上の権利は手形の焼失によつて滅失するものではなく除権判決によつて回復し得るから賠償の義務はない」と抗争するに及んで被控訴人は初めてその事に気付いたのである。
(A) 爾来弁論の続行を求め延期を重ね、その間昭和三十二年四月に至り公示催告(除権判決)を申立てたものでこの申立の時期に於いては本件約束手形上の権利中裏書人たる控訴人に対する請求権は完全に時効により消滅して了つたのである。
(B) 然り被控訴人は時効完成した手形につき除権判決を求めたのである。
それ故、その後昭和三十二年十一月除権判決を得たからと言うて今更完成した時効を左右するに由ないものである。
(5) 然る処、控訴人は既に時効完成した手形につき除権判決を得たに拘らずその前手形焼失の故を以つて貸金として請求した訴を俄かに昭和三十五年十二月二十五日に至り請求の基礎に変りなきものとして手形上の権利請求に改めたのであるから該変更によつては時効を中断し得ないのは論がないと信ずる。
(二) 右訴の提起及び請求の変更とに関する原審の判断について
(1) 原審は地方裁判所に提起された本件訴訟は簡易裁判所に於いてなす除権判決上に強力なものであるから手形の所持なくして訴訟を提起しても口頭弁論終結前焼失手形につき除権判決を得て手形上の権利を回復した以上該除権判決の時期が時効完成後であると否とに拘りなく本件訴の提起によつて時効は中断されたと判断したのであるがこの判断は重大な誤謬がある。
(2) 原審判決は手形貸金(貸金訴訟)を手形上の権利の請求(手形金請求)に改めたことと手形の時効中断の関係につき判断を逸脱しておるのみならず訴訟の同一性と請求の同一性との区別を明らかに誤解しておる。
(A) 訴訟法上請求の基礎に変更がない限り請求の原因を変えても訴訟の同一性を失なわないと言うのは訴訟経済の原則から発生する理論ではあつて訴訟が同一性を持つておることは必ずしも実体法上の権利の同一性を意味するものではない。
例えば、不当利得と不法行為の損害賠償は実体上全然別個の権利で時効を異にするが「委託金横領なる基礎事実」を原因とする以上何れの権利を主張しても訴の変更とならないことでも明らかである。
(B) 従つて手形貸付金訴訟を手形金請求事件に改めても訴訟の同一性は失なわないが実体法上の性質は全然異つておる。
前者は手形上の権利の行使ではないから手形の時効を中断しない。前者の訴を後者の訴に改めた時期に於いて初めて手形上の権利の行使があるのであるからこの時期が時効完成後であるならば最早や時効中断の効力がない。
原判決は右の法律関係を明らかに誤解し手形貸付金請求と手形金請求は同一訴訟であるから前者を後者に変えた時期如何は問題ではなく単に訴提起の時期夫れ自体が手形の時効と関係あるものと解し手形貸付金(貸金)として当初に訴を提起した時期が手形の時効完成前であるから中断の効力を生じたと判断したことは誤りであると確信する。
(3) 次に仮りに原判決の如く訴が同一であるから当初貸金訴訟として本件手形を基礎事実として訴えた時期が手形上の権利を請求する手形金請求の時期であつたとしてもなお原判決の判示理由は誤りである。
原判決の判示理由によれば「手形の所持なくして提起した訴であつても口頭弁論終結前除権判決を得た以上該判決が手形の時効完成前たると後たるとを問わず訴提起の時期が時効完成前であるなら時効中断の効力を生ずる」と判断しておるが該判決は前陳の通り福岡高裁の判例を引くまでもなく法律の誤解である。
(A) 右は焼失手形は除権判決なる特別の制度により権利を回復する法制を無視する論であるのみならず、
(B) 原判決と雖ども全く手形の所持なき者の訴の提起は時効中断の効なきことを前提とし「仮令手形の所持なくして訴を提起しても訴訟進行中除権判決を得て所持を回復したと看做される時は時効の中断の効がある」と判示しているのである換言せば除権判決のあることを絶対要件としている。
それならば公示催告を申立てた時期が既に時効完成後であり、従つてその後の除権判決によつて得たる手形上の権利は既に時効消滅した権利で無に等しいものであるならば除権判決がないと同様であるから原判決の理論を採つても訴の提起は時効中断の効力を生ずるものではない。
然らば原判決は徒らに異説をたてたに過ぎない。
(4) 原判決の判示理由に挙ぐる裁判の遅延は前提たる公示催告申立の時期につき重大な誤判があることからも判示理由は誤りである。
(A) 原判決の判示理由(判決書五枚目表終りから二行以下)に曰く「若し手形の所持を失つた者が訴を提起した後時効完成前に公示催告の申立をなした場合を想定するならば時効が中断するか否かは裁判所がいつ除権判決するかということに左右されることになる。この結果は時効中断の趣旨から見て明らかに不当である云々」と。
(B) 然し乍ら本件では被控訴人の公示催告申立の時期が既に時効完成後であつたのであるから仮定の前提にたつ原判決の判示理由は理由にならない。
(C) のみならず原判決の想定のように、「時効完成前に公示催告を申立てたに拘らず裁判が遅延し時効完成の虞れある場合」については特に商法第五一八条の規定を以つて「公示催告の申立をなした後債務者に対し供託を求め又は担保を供して支払を求める方法で時効を中断し得る」途を拓いておるのである。
されば原判決の所論は徒らに権利の上に眠り本件手形を時効にかからせた被控訴人を保護するものであり「法律を知らざるを以つて知らずとなすを得ず」との鉄則を破り法を知らざりし者を保護するものである。
結論
叙上の次第であつて原判決の判示理由は首肯し得ないので本件控訴に及んだのである。